よく、理想の組織形態という話で、
「フラットな組織」という話になることがあります。
・個々に平等な決裁権
・フリーアドレス
・上下関係のない職場
『踊る大捜査線』の映画、第2作目で
真矢みきさんが求める軍隊のような組織像と、
犯人グループの自由でフラットな組織像を比較して、
ヒエラルキーをネガティブなイメージで語るシーンがありました。
フラットは、新しく、理想の形。
ヒエラルキーに縛られた組織は、古く、衰退する組織。
でも、果たしてそうでしょうか?
そもそも、ヒエラルキーは何故、生まれたのでしょう。
ここに、3台の列車があります。
それぞれにスピード制御機構がついています。
1両目は時速60キロ。2両目は時速40キロ。3両目は時速20キロ。
その速度を超えると、自動でブレーキがかかります。
さて、この3両が連結したとき、
この電車は時速何キロで走れるのでしょうか??
そうです。
20キロです。時速20キロ。
本当は60キロ出しても良い車輌があるのに、
個々にスピード制御をしているために、
3分の1の実力しか発揮されていません。
なので、こうします。
個々の列車のスピード制御機構を取り外し、
中央司令室で纏めて制御することにします。
これがヒエラルキーです。
ヒエラルキーによって、本来は20キロしか出せない列車が、
先頭車両に引っ張られて、60キロで走れるようになりました。
話はそれますが、このことを鑑みて、
小学校のかけっこで、足の速い子も遅い子も、
ゴールの前で纏まって、みんなで一緒にゴール!
というものが、いかに阿保らしいかよくわかると思います。
人、それぞれに、得手不得手があります。
足の速い子だって、国語が苦手かもしれない。
足の遅い子は、算数がめちゃくちゃ得意かもしれない。
得手の部分を伸ばして、
不得手の部分をみんなで支えることを教えずして、
何が教育なんでしょうか。
話を戻します。
何が言いたいかと言えば、
「古くさいヒエラルキーの組織」にだって、
良いところはあって、なるべくして
そのような組織形態になった過去があります。
もし仮に、あなたがこれから
組織づくりをはじめるとしたら、
ヒエラルキーを恐れることは何もない、
ということです。
ヒエラルキーは、得手不得手を、
集合体で補完するための、人間の発明です。
ただし、上記で語った組織論と、
「意思決定のスピード」の話は、
全く別の話です。
ヒエラルキーが故に、責任が分散して、
意思決定フローが複雑になるようでは、
あまり良いことはありません。
ただ、これはまた、別の話。
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